トルコ紀行(エフェソスにて)

上原靖弘

 今年、中秋の名月の晩は、本当に綺麗な十五夜でした。銀色に輝く月の光の中で、アルテミスの女神像のことを思い出しました。何年か前トルコのエフェソスを訪ねたとき、そのときのビジネスパートナーであったトルコの銀行家から,我々のビジネスが実り多いものになることを祈って記念に戴いたのが、月の女神アルテミスの像のレプリカでした。エフェソスはトルコ、アナトリアのエーゲ海沿岸に栄え、ローマ時代にはエーゲ海最大の港町であり、古代イオニア人の遺跡が今も発掘されその規模、保存状態から屈指のエーゲ海遺跡といわれています。アルテミス像はそのエフェソスで発掘された女神像で実物は、エフェソス考古博物館にありますが、体中に沢山の乳房をつけた豊饒の女神です。そもそもアルテミスは、ギリシャ神話では太陽の神アポロンの妹で月の女神でありまた美しい狩人であったのが、アナトリアでは大地の豊かな実りを司る女神としてアルテミス神殿の礼拝像となっていたものでした。アナトリア地方は、日照時間が長く植物の生育条件のよいことから日本の企業でここに花の苗の発芽を専門におこなうプラントを持っている所がありそこを訪ねるのも目的のひとつでした。ここで発芽した小さな苗を東南アジアの生育地に送り花のついたところで日本に送るということでした。
 エフェソスのすぐ近く、クシャダスと言う海浜リゾート地の山中に、聖母マリアがキリストの昇天後、その余生を過ごしたといわれる小さな教会があります。石造りの本当に小さな部屋の奥にマリア像がありました。1967年ローマ教皇パウロ6世がここでミサを執り行ったことから、この教会の存在が知られることとなり世界中からキリスト教信者が訪れるようになり、当然その前には日本語の説明書きもありました。
 エフェソスの古代遺跡には、ランドマークであるケルススの図書館、皆が横一列に座っておしやべりでもしながら用をたしたと思われる公衆便所、24000人を収容したといわれる屋根つきの大劇場、女の館(実は図書館の地下からも通路があった)などなど古代都市に思いを馳せる数々の遺跡群があります。この時代これらの施設を建造したのは支配者である皇帝や貴族であった筈ですが、これらを利用したのは恐らく大衆であり市民であったろうことを思うと、エーゲ海を望むこの地で人々はどんな暮らしをしていたのか、大きな政府か小さな政府か、交易は、税はとあれこれ想像は尽きることがありません。
 などなど、中秋の名月を眺めながら、思いは遥かトルコに馳せるのでした。